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親の病気【母】

 

私の母はいま73歳。

昨夏、腸閉塞になる。

それがきっかけで悪性リンパ腫が見つかり闘病生活に入る。

 

母がなるまで病名すら知らなかったが悪性リンパ腫は血液のがん。

前々から「私はがんには絶対ならない。」と言っていた母。

根拠はないが自信があっただけに、がんと分かったときは

とてもショックを受けていた。

父に比べ健康な母ががんになったことは

私にとってもショックなことだった。

 

ただ、今まで全く病気をしなかったわけではない。

2015年脳梗塞になっている。

  

私が出産のため里帰りしていたときだった。

ある朝、左腕がおかしい顔も歪んでいる気がする。

と母が訴えてきた。

言われみれば右と左では顔が違うような。

傍から見ると微々たる違和感だったが

父の脳梗塞を一番近くで何度も見ていた母は

自分自身の体調の変化に素早く気が付くことができた。 

病院に向かい、そのまま入院となる。

 

母は私の出産までに退院したいと言っていた。

脳梗塞ではあったが軽症だったので

その言葉通り、出産予定日の1週間前に退院した。

 

私が出産してから4か月後に父がまた脳梗塞になる。

父はしばらく入院していたが、病院はそう長くはいられず

自宅を車いすが入れるようにリフォームして

母が在宅介護することとなった。

それまでの脳梗塞では退院後、普段通りの生活に戻れたが

今回は半身不随、失語症になり要介護4となる。

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それから約3年後。

母が腸閉塞になり入院する。

 

入院中、母は自分のことより父のことばかり心配していた。

母の入院がきっかけで父は介護付き老人ホームに

短期入所することとなった。短期入所期間は最大30日。

それまでに回復すると母自身も私も思っていたし

長期間、父を施設に入れることは考えていなかった。

 

父は自宅を離れることを嫌がったので

私が息子と一緒に実家へ帰ることも考えた。

トイレがとても近くなった父に、そのたび呼ばれる。

それは夜中でもかわらない。睡眠が断続的になる生活を

続けることは幼い息子がいる私にはできない。

いや。わかりやすいできない理由があっただけで

幼い子供がいなかったとしてもできない。

 

母は3年間もそうしていたのだ。

雨の日も晴れの日も。

自分の母親が亡くなったと知った日も。
 

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母の腸閉塞の原因は腸に腫瘍があったことだった。

これを調べたことで悪性リンパ腫がわかり

抗がん剤治療が始まった。

最初は入院して抗がん剤投与、その後は通院での

投与が続く。

薬の副作用は強かったが、それ以上に母は強かった。

何を食べても砂を食べているような味覚障害

毛という毛が全て抜ける、 強いだるさなど

たくさんの副作用があったがそれを乗り越えて

今年の2月には寛解となる。

 

まだ、ふらつきは残っているのが気になるが

昨夏に比べて元気になっている母。

 

「まだ死んでたまるか」

結婚してから父に従えてきた母はそんな風に思って

闘病しているように感じる。